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札幌地方裁判所 昭和61年(ワ)2880号 判決 1989年9月28日

主文

一  被告学校法人前田学園は、原告に対し、一三四三万二三一〇円及び内一二二三万二三一〇円に対する昭和六一年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告学校法人前田学園に対するその余の請求及び被告有限会社伏木田牧場に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告学校法人前田学園に生じた費用は被告学校法人前田学園の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告有限会社伏木田牧場に生じた費用は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告らは、各自、原告に対し一四二三万二三一〇円および内一二二三万二三一〇円に対する昭和六一年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

2  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  原告の請求原因

(一)  事故の発生

別紙目録記載の馬匹(以下「本件馬匹」という。)は、昭和六〇年一〇月一一日午前一〇時三〇分ころ、北海道浦河郡浦河町字姉茶五一〇番地所在の原告放牧場に放牧されていたが、別紙図面(一)表示の同放牧場東側の木戸棒を跳び越えて逃げ出そうとして体を木戸棒に当てて転倒し、左大腿骨骨頭骨折および股関節脱臼、左踵骨骨折の傷害を負った。

(二)  事故の原因

(1) 馬は、元来感受性が強く神経質な家畜である。

特に軽種馬は、悍が強く、機敏性に富み、神経質の度合も強く、このため、爆音、騒音、他の動物等の動き等に反応して暴走事故を起すことのあることは衆知の事実である。

本件馬匹は、二歳馬(満一歳)であり、特に感受性の強い年令である。また、本件馬匹は、大人数人のグループは見なれていても、多人数の小供のグループは全く見なれていない。

(2) 被告学校法人前田学園(以下「被告前田学園」という。)の幼稚園児約五〇名は、昭和六〇年一〇月一一日午前一〇時三〇分ころから、原告放牧場に隣接する被告有限会社伏木田牧場(以下「被告伏木田牧場」という。)の放牧場のうち原告放牧場寄りの場所に集まり栗拾いに興じ始め、そのうちの幼稚園児二〇名ないし三〇名が奇声をあげて本件馬匹の近くを走ったことにより、本件馬匹を驚かせ、暴走させて本件事故を発生させたものである。

これまでの栗拾いで事故が発生しなかったのは、馬によっても個体差があり、子供達の動向によっても左右されることによるものであって、本件事故以前に事故が起きなかったのはむしろ運が良かったというべきである。

(3) また、木戸棒の高さも一・五メートルとごく一般的な高さであり、この高さは本件事故の発生とは関係がない。

(三)  被告らの責任

(1) 被告前田学園

(イ) 被告前田学園の幼稚園児約五〇名は、本件馬匹の近くで栗拾いに興じて騒いだため、本件馬匹を驚かせ暴走させて本件事故を発生させたものである。

被告前田学園は、監督義務者に代わり園児を監督すべき義務があるから、民法七一四条二項により、原告の被った損害を賠償する責任がある。

(ロ) 被告前田学園は、軽種馬である本件馬匹が近くに放牧されていることを認識していたものであるところ、軽種馬が一般に敏感で僅かな騒ぎにも驚き暴走し転倒受傷する危険性があるのでこれを防ぐため、本件馬匹に園児を近づけない義務、または原告放牧場付近で園児を遊ばせる場合に事前に原告に知らせて注意を喚起する義務があるにもかかわらずこれを怠り、事前に原告に何も知らせず漫然と約五〇名もの多数の園児を本件馬匹の近くで遊ばせた過失により、本件馬匹を驚かせ暴走させて本件事故を発生させたものである。

被告前田学園は、民法七〇九条により、原告の被った損害を賠償する責任がある。

(2) 被告伏木田牧場

被告伏木田牧場は、被告前田学園の幼稚園児約五〇名を自己の放牧場に栗拾いに招いたものであり、軽種馬である本件馬匹が近くに放牧されていることを認識していたものであるところ、軽種馬が一般に敏感で僅かな騒ぎにも驚き暴走し転倒受傷する危険性があるからこれを防ぐため、本件馬匹に園児を近づけない義務、または原告放牧場付近に園児を案内する場合事前に原告に知らせて注意を喚起する義務があるにもかかわらずこれを怠り、自己の飼育する軽種馬だけを遠くの放牧場に移動し、事前に原告に何も知らせず漫然と約五〇名もの多数の園児を本件馬匹の近くの放牧場に案内した過失により、本件馬匹を驚かせ暴走させて本件事故を発生させたものである。

被告伏木田牧場は、民法七〇九条により、原告の被った損害を賠償する責任を負うものである。

(四)  原告の損害

(1) 本件馬匹の受傷・死亡

原告は本件馬匹を所有していたが、本件事故により本件馬匹が受傷し、同馬匹に治療看護を施したが、治癒せず起立困難が進行したため、やむをえず昭和六一年一月三一日本件馬匹を殺処分にした。

(2) 診療費、へい獣焼却使用料、謝礼

二三万二三一〇円

原告は、本件馬匹の受傷および死亡により、診療費として合計一七万二〇一〇円、へい獣焼却場使用料として二万七三〇〇円、謝礼として三万三〇〇〇円、合計二三万二三一〇円を支出し、同額の損害を被った。

(3) 本件馬匹 一二〇〇万円

本件馬匹の昭和六〇年一〇月一一日当時の時価評価額は、軽種馬として少なく見積もっても一二〇〇万円を下ることはないから、原告は本件事故により一二〇〇万円相当の損害を被った。

(4) 弁護士費用 二〇〇万円

原告は、本件損害賠償請求訴訟を弁護士徳中征之に委任し、着手金報酬合計二〇〇万円を支払うことを約し、同額の損害を被った。

(5) 結論

よって、原告は、被告ら各自に対し、共同不法行為に基づき、一四二三万二三一〇円及び内一二二三万二三一〇円に対する馬匹を殺処分した日の翌日である昭和六一年二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告らの認否並びに主張

(一)  第(一)項の事実は認める。(但し、本件事故の発生した時間を除く。)

第(二)項のうち、被告前田学園の幼稚園児五〇名が昭和六〇年一〇月一一日、原告放牧場に隣接する被告伏木田牧場で栗拾いをしたことは認め、その余の事実は否認する。

第(三)項(1)(2)の事実は否認する。

第(四)項(1)のうち、原告が本件馬匹を所有していたことは認め、その余の事実は知らない。同項(2)(3)の事実は知らない。同項(4)のうち、原告が本件訴訟を弁護士徳中征之に委任したことは認め、その余の事実は知らない。

(二)  事故の発生について

被告前田学園の園児が被告伏木田牧場の放牧場に到着したのは午前一〇時二〇分ころであり、馬が転倒して骨折したのは午前一〇時五〇分ころであった。

(三)  事故の原因について

(1) 原告の損害と被告らの行為との間には相当因果関係がない。

被告前田学園では、昭和四九年から毎年一〇月ころに、園児一二〇名程度で栗拾いの行事を行ってきたが、これまで一度も馬があばれる等の事故を目撃したこともなく、この間原告から、被告伏木田牧場の放牧場で園児の栗拾いをさせることについての苦情とか、園児がくる場合は前もって連絡するようにといった注意、勧告等を受けたこともない。

しかも、本件事故当時、原告の放牧場には、二頭の馬がおり、そのうちの一頭が突然あばれたものであるが、園児約五〇名は馬があばれる三〇分前に、被告伏木田牧場の放牧場に到来し、残りの五〇名の園児の到着を待っていた状態でおり、その間馬に石を投げたとか、棒でたたいたとか、馬を驚かせたり馬に直接攻撃をしかけるような行動を一切していない。また、原告の放牧場の牧柵と被告伏木田牧場の牧柵との間には、一・八メートルの間隔があり、園児らは被告伏木田牧場の牧柵内にいて、原告の放牧場に立ち入った事実もない。従って、馬が突然あばれたことについても、原告主張のような園児が騒いだこととは認めることはできない。

(2) 幼稚園児二、三名が牧柵に近寄った際、馬が暴れるということも十分考えられることであり、馬が何に驚くかなどということを事前に予測することはできない本件のような事案では、少なくともある行動をすれば必ず馬が暴れるといえる蓋然性があるような場合、例えば銃を撃って脅すとか、通常の生活騒音以上の特別な音を機械を操作することによって発生させるとか、特殊な事情のある場合に限り相当因果関係を認めるべきである。本件のように幼稚園児が牧場にきたという程度で、しかも、これまで一〇年近く同じ行動をしながら全く事故もなく、原告から苦情も出ておらず、しかも同業の被告伏木田牧場では幼稚園児がくることを全く問題としないという飼育をしていたという経緯のなかでは、本件のような結果を予測すべきであるといえる程の被害発生についての蓋然性はないというべきである。本件事故は、日常生活のなかで発生したものであって、特異な事例ではなく、天災と同視すべきものというべきである。

(四)  被告らの責任について

本件事故は、原告の一方的過失によるものであるから、被告らには責任はない。

(1) 馬が敏感で、あばれる虞があるというのであれば、原告は当日も被告前田学園の園児が被告伏木田牧場に来ているのを認識していたのであるから、必要であればいつでも馬を別の場所に移動することもできた筈である。

(2) 馬の暴走、或は牧柵への激突、牧柵の飛翔等は、自然界のなかでは、種々な原因によって起こりうることであり、馬を飼育するものにおいては、馬が何によって暴走するかは別にして、その防御策は常に考え、予測しておかなければならないことであり、その防御も自らの責任においてしなければならない。

原告は、馬が牧柵を飛び越えようとしないだけの高さの牧柵を設置するとか、或は牧柵に防御用マットを設置して、牧柵への衝突による馬の怪我を防止するとか、牧柵に馬が足をひっかけたような場合には、牧柵が馬の重みで折れるようにするとか、各種の方策が取りうるはずであるのにこれらの方策を全く取っていなかった過失により本件事故を発生させたものである。

3  被告らの抗弁

被告前田学園には、前記のとおり、監督義務者に代り監督すべき義務を怠った過失がないから、民法七一四条二項により責任を負わないというべきである。

4  抗弁に対する原告の認否

否認する。

三  当事者の提出、援用した証拠<省略>

理由

一  事故の発生

<証拠>によれば、本件馬匹は、昭和六〇年一〇月一一日午前一〇時四〇分ころ、北海道浦河郡浦河町字姉茶五一〇番地所在の原告放牧場に放牧されていたが、別紙図面(一)表示の同放牧場東側の木戸棒を跳び越えて逃げ出そうとして体を木戸棒に当てて転倒し、左大腿骨骨頭骨折および股関節脱臼、左踵骨骨折の傷害を負ったことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない(但し、右事実は時間の点を除いて、当事者間に争いがない。)。

二  事故の原因

1  馬の習性

<証拠>によれば、以下の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

馬は、元来感受性が強く神経質な家畜である。

特に軽種馬は、悍が強く、機敏性に富み、神経質の度合も強く、このため、爆音、騒音、他の動物等の動き等に反応して暴走事故を起すことのあることはよく知られた事実である。

本件馬匹は、二歳馬(満一歳)であり、特に感受性の強い年令であり、特に騒音に対する馴致はまだできていない状態にあった。

2  事故現場の状況

<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  原告放牧場と被告伏木田牧場の放牧場は、北海道浦河郡浦河町字荻伏の市街地から約一〇キロ北東にさかのぼったところに隣接し、別紙図面(一)表示のとおり、東側に原告放牧場、西側に被告伏木田牧場の放牧場が位置している。

(二)  被告伏木田牧場の放牧場は面積が約一・八ヘクタールで、周囲に木製の牧柵が設置されており、その形状は別紙図面(一)に表示するとおりである。同放牧場の南西側には別紙図面(一)に表示するとおり地上一メートルでの高さで直径が約三五ないし四〇センチメートル、高さ約八メートルの栗の木が三本立っている。

(三)  原告放牧場は面積が約〇・七ヘクタール(原告方居宅敷地を含む。)であり、周囲に被告伏木田牧場の放牧場と同様、牧柵が設置されており、その形状は別紙図面(一)に表示するとおりである。同放牧場のほぼ中央には別紙図面(一)に表示するとおり立木が一本あり、その周囲を木枠で囲っている。また、同放牧場の東側には馬を出入りさせるための木戸口がある。

(四)  両放牧場の境界には別紙図面(一)に表示するとおり牧柵がある。両牧柵は約一・九メートルの間隔を置いて平行に設置されており、その高さはいずれも地上約一・五メートルである。その牧柵の状況、形状、寸法は別紙図面(二)に表示したとおりである。

(五)  本件事故現場の木戸口には取り外しが自由にできる表皮を剥いた長さ五・五メートル前後の木製の木戸棒二本が横に差し込まれている。二本の木戸棒のうち、事故当時の上の方の木戸棒は、規格品であり、中央付近で円周が三四センチメートル位のものであった。木戸棒の北側の端から水平に約九〇センチメートル内側付近の位置から地面までの垂直距離(上の方の木戸棒の上端から地面までの距離)は一・三八メートルである。木戸口付近はほぼ平たんである。木戸口、木戸棒の状況、形状、寸法は別紙図面(三)に表示するとおりである。

3  事故発生の状況

<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  被告前田学園では、被告伏木田牧場の代表者伏木田達男が被告前田学園の理事をしていることなどもあって、昭和五〇年ころから毎年一〇月ころに、園児一二〇名程度で被告伏木田牧場を訪ね、栗拾いの行事を行ってきたが、これまで園児らに馬の習性等を説明し、馬のそばで騒いだりしないようにといった注意をしたことはなかったが、一度も馬があばれる等の事故を起こしたことはなかった。

(二)  被告前田学園の幼稚園児約五〇名(三才から五才)は、園長である同被告代表者理事前田絋陽ほか数名の先生に付添われて、昭和六〇年一〇月一一日午前一〇時三〇分ころ、被告伏木田牧場の放牧場の別紙図面(一)表示の(イ)点付近で、乗ってきたバスから降り、同図面(一)の(ロ)点付近で、次のバスで来る園児約五〇名の到着するのを待ちながら、それまで、自由行動をとることを認められた。

(三)  そのころ、本件馬匹を含む二頭の二歳馬は、別紙図面(一)表示の原告放牧場の図面にめぐらせてある牧柵に近い位置を左回りにゆっくりと走っていた。

(四)  被告伏木田牧場の放牧場に到着してから一〇分位した後、二、三〇名の幼稚園児は、右二頭の馬を発見し、これを見るために、数名ずつばらばらと被告伏木田牧場の放牧場の東側の牧柵の方に向かって走り出し、東側の牧柵に接した別紙図面(一)表示の(ハ)点から(ニ)点を経て(ホ)点に至るまでの間に広がって、柵につかまりしゃがんだり、本件馬匹を含む馬二頭が走るのと並行に走り回ったりしながら、奇声をあげて騒いだ。

(五)  本件馬匹は、原告放牧場の周囲にめぐらせてある牧柵に近い位置を左回りにゆっくりと走りながら、西側にある被告伏木田牧場の放牧場寄りの牧柵に近づいたところ、右園児の行動に驚き、勢いよく原告放牧場の西側から左側にある木戸口の方に走り出し、木戸口の北側の端から水平に約九〇センチメートル内側付近の木戸棒を飛び越したものの、両後ろ足の大腿部を木戸棒に引っ掛け、前方にのめるようにして頭部から別紙図面(一)表示の(A)点付近に落ちた。

そのとき、もう一頭の二歳馬も本件馬匹に引き続き、右木戸棒を飛び越えようとしたが、原告の従業員が、両手を広げ、それを制した。

(六)  その間も園児達は、右と同様に前記(ハ)点から(ニ)点を経て(ホ)点までの間を走り回っていた。

4  まとめ

以上認定した事実によれば、本件馬匹が二歳の軽種馬で、特に感受性の強い年令であったところ、被告前田学園の約二、三〇名の幼稚園児が、昭和六〇年一〇月一一日午前一〇時四〇分ころ、本件馬匹を含む二頭の馬の走っている様子をみるために、被告伏木田牧場の放牧場の西側から原告放牧場寄りの東側に走り寄り、馬と並行して走ったり奇声をあげて騒いだりした結果、原告放牧場のうち被告伏木田牧場寄りの場所を牧柵に接して走ってきた本件馬匹を驚かせ、暴走させて本件事故を発生させたものと認めることができる。

三  被告らの責任

1  被告前田学園

(一)  被告前田学園の責任能力のない幼稚園児二、三〇名が、本件馬匹を驚かせ暴走させて本件事故を発生させたものであることは、先に認定したとおりである。

(二)  被告前田学園代表者尋問の結果、本件弁論の全趣旨によれば、被告前田学園は、教育基本法及び学校教育法に従い学校教育を行うことを目的として設立されたものであって、その目的を達成するため「夢の国幼稚園」を設置していることを認めることができる。したがって、被告前田学園は、委託を受けた幼稚園児を監督義務者に代り監督すべき義務があるものということができる。そして、先に認定した事実によれば前田学園は、軽種馬である本件馬匹が近くに放牧されていることを認識していたものであるから、軽種馬が一般に敏感で僅かな騒ぎにも驚き暴走し転倒受傷する危険性があるのでこれを防ぐため、本件馬匹に園児を近づけないように監督する義務、原告放牧場付近で園児を遊ばせる場合には馬を驚かせないで行動するように園児を指導監督する義務があるにもかかわらずこれを怠り、漫然と約二、三〇名もの多数の幼稚園児(三才から五才)を本件馬匹に近づけ、騒ぐのを放置した過失により、本件馬匹を驚かせ暴走させて本件事故を発生させたものであり、右監督義務を怠らなかったものということはできないから、民法七一四条二項により、原告の被った損害を賠償する責任を負うものというべきである。

(三)  被告らは、原告としては、馬が牧柵を飛び越えようとしないだけの高さの牧柵を設置するとか、或は牧柵に防御用マットを設置して、牧柵への衝突による馬の怪我を防止するとか、牧柵に馬が足をひっかけたような場合には、牧柵が馬の重みで折れるようにするとか、各種の方策が取りうるはずであるのに、これらの方策を全く取っていなかった過失により、本件事故が発生したものであると主張する。

そこで、右主張に過失相殺の抗弁を含むものと理解して判断すると、本件事故現場の木戸口の状況は、先に認定したとおりであり、これをもって本件事故の発生について原告に過失があるものということはできないから、被告らの右主張は理由がない。

2  被告伏木田牧場

先に認定した事実によれば、被告伏木田牧場は、昭和五〇年ころから毎年一〇月ころに、被告前田学園の幼稚園児のために自己の放牧場に生育している栗の木の栗拾いをさせるための場所を提供していただけのものであること、そして、被告伏木田牧場の放牧場に生育している栗の木は、同放牧場の西隅であって原告放牧場からは最も遠い位置にあることを認めることができる。

してみれば、その他特段の事情の認められない本件のもとにおいては被告伏木田牧場には、原告主張のように、本件馬匹に園児を近づけない義務、または原告放牧場付近に園児を案内する場合事前に原告に知らせて注意を喚起する義務があるとまでは認めることができないから、被告伏木田牧場は本件事故の発生について過失があるものと認めることができず、民法七〇九条により原告の被った損害を賠償する責任があるものということはできない。

四  原告の損害

1  本件馬匹の受傷・死亡

原告が本件馬匹を所有していたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は、本件事故により本件馬匹が受傷し、同馬匹に治療看護を施したが、治癒せず起立困難が進行したため、やむをえず昭和六一年一月三一日本件馬匹を殺処分したことを認めることができる。

2  診療費、へい獣焼却使用料、謝礼

<証拠>によれば、原告は、本件馬匹の受傷および死亡により、診療費として合計一七万二〇一〇円、へい獣焼却場使用料として二万七三〇〇円、謝礼として三万三〇〇〇円、合計二三万二三一〇円を支出したことを認めることができるから、原告は本件事故により同額の損害を被ったものということができる。

3  本件馬匹

<証拠>によれば、本件馬匹の昭和六〇年一〇月一一日当時の時価評価額は、軽種馬として少なく見積もっても一二〇〇万円を下ることはないものと認められるから、原告は本件事故により一二〇〇万円相当の損害を被ったものということができる。

4  弁護士費用

原告は、本件損害賠償請求訴訟を弁護士徳中征之に委任し、着手金報酬合計二〇〇万円を支払うことを約したことを認めることができるが(但し、原告が本件訴訟を弁護士徳中征之に委任したことは、当事者間に争いがない。)、本訴認容額のほぼ一割にあたる一二〇万円の限度で被告前田学園に負担させるのが相当である。

5  結論

以上の理由により、原告は、被告前田学園に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、一三四三万二三一〇円及び内一二二三万二三一〇円に対する馬匹を殺処分した日の翌日である昭和六一年二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものということができる。

よって、原告の被告前田学園に対する請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告伏木田牧場に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福永政彦)

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